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ぶらり旅ー芭蕉先輩には負けませんよ~ー

ふらりと旅した先を勝手にご紹介しています。

「頂法寺」へ行ってきた

京都府 頂法寺

京都へ行くと、いつも食事に悩んでいます。食べられないのでは無く、美味しい物がありすぎて!!。夜はここで、昼はここで、ここでお茶したいなど、滅茶苦茶悩んでしまいます。京都が地元の人は悩まないんですかね。

豪華なホテルに宿泊する時はホテルのレストランで食べる事もありますが、そうじゃ無い時は大抵外で食べています。

その日は、念願だった京都のモーニングをイノダコーヒ本店でいただきました。「京都の朝はイノダから」というキャッチフレーズで地元ではお馴染みのイノダコーヒ。昭和15年創業の老舗喫茶店で、モーニングの名店です。一度本店で食べたかったんですよ。ちなみに、お店の外観は町屋、中は明治や大正時代を彷彿とさせるレトロな洋風サロン風。朝から優雅な気分になれます。

京の朝食

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ふわっふわのスクランブルエッグに、サラダ、パリパリのクロワッサン、分厚いハム。しかもこのハム、茅ヶ崎のハム工房で作られている保存料無添加のものだそうです。ドリンクにはオレンジジュースとコーヒーが付いてきます。味の方は文句のつけようが無く美味しいです。満足感一杯で、朝から充実した1日が送れそうな気がします。

 

美味しいご飯を食べて、ご機嫌でホテルに帰る途中に、京都の中心があるらしいと聞いてふらりと寄ってみる事にしました。それが頂法寺です。

 

頂法寺

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お寺の始まりは、敏達天皇の時代、淡路国岩屋浦に閻浮檀金(えんぶだんごん、黄金の意)の如意輪観音像が漂着したそうです。その像は、聖徳太子が前世に唐土にあって仏道修行していた時に信仰していた像であり、太子はこの観音像を念持仏としたそうです。これが後の頂法寺本尊だそうです。太子が16歳のとき、排仏派の物部守屋討伐にあたって、護持仏に「無事討伐できたならば、仏の功徳に感謝して四天王寺を建立いたします」と戦勝祈願したところ勝利、寺建立のための用材を求めて、小野妹子とともにこの地を訪れたそうです。その際、太子は池で水浴をするため、傍らの木の枝の間に持仏の如意輪観音像を置いたところ、像が重くなり動かなくなってしまったそうなんです。しかも、観音像は光明を発し、自分は七生にわたって太子を守護してきたが、今後はこの地にとどまり衆生を済度したいと太子に訴えたそうなんです。そこで太子は、四神相応のこの地に伽藍を建てることとし、東からやってきた老翁(鎮守神の唐崎明神)が、紫雲たなびく杉の霊木のありかを教えてくれたので、その材を用いて六角形の堂を建立したのがこの寺の始まりとの事でした。信じるか信じないかはまあ、その人にお任せするとして、中々壮大なお話ですよね。

 

本堂(形が六角形であることから、古くより「六角堂」の通称で知られているそうです。)

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お寺によると、本堂の形は、六角堂に「わが思う心のうちは六(むつ)の角ただ円(まろ)かれと祈るなりけり」と言う御詠歌があり、「六の角」とは、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって生ずる六欲のことで、これらを捨て去って角を無くし、円満になること、すなわち「六根清浄を願う」という祈りを込めた形と伝えられているそうです。

ちなみに、柳の木が見えると思いますが、これは平安時代初期、妃になる女性を探していた嵯峨天皇の夢枕に六角堂の如意輪観音が現れ、「六角堂の柳の下を見てみなさい」とのお告げを受けたため、人を遣わしてみると、柳の下には一人の美しい女性が立っており、天皇はただちに妃として迎えたそうです。そのため「六角堂の柳に願をかけると良縁に恵まれる」という噂が広がり、「縁結びの柳」と呼ばれるようになったそうです。

残念ながらお話にあった如意輪観音像は秘仏とされ、一般には公開されていませんでした。エピソード的にはフットワークが軽そうですが、表に出ないのでは致し方ありません。平成29年 3月11日(土)~4月10日(月)にご開帳がある事を知りました。機会がある方はチャレンジを。

 

へそ石

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これが噂に聞いた京都の中心です。「へそ石」または「要石(かなめいし)」と呼ばれており、旧本堂の礎石と伝えられ、頂法寺平安京造営以前から存在していると言われているそうです。位置もほぼ移動していないことから、この石が京都の中心であると言われているとの事。平安京以前から存在するなんて凄くないですか。噂を信じて行き当たりばったりお邪魔させていただいた甲斐があったと言う物です。

 

聖徳太子沐浴の古跡

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聖徳太子が沐浴された池では、今は白鳥さんが泳いでいました。

ちなみに、聖徳太子の命により小野妹子が入道し仏前に花を供えたことが華道の由来とされているそうで、生け花の池坊会館が目の前にありました。

帰りは、お茶所で「へそ石餅」をいただいて帰りました。烏丸通りのすぐ傍ですし、美味しいので、皆さんもぜひ一度寄ってみるのが良いかと思います。

西国三十三所花めぐり(ご朱印帳付) 

 

 

開運! 京都パワスポ散歩

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